A-Life News

2016.07.22

労務災害について

労災認定の考え方が変化しつつあります

 つい最近のお話ですが、会社の歓送迎会に参加したあと、会社へ戻る途中に大型貨物自動車と衝突する交通事故で死亡した際に、労災と認められるかが争われた訴訟の上告審で、平成28年7月8日最高裁は「業務上の事由による災害に当たる」との判断を下しました。

 一般的には、職場の歓送迎会から帰りに交通事故に遭っても労災とは認定されないケースがほとんどです。しかし、今回の判例を見ますと歓送迎会とその後の車の運転については会社の行事としてみなされたようです。判決までの流れを解説したいと思います。

 

事実経過について

A会社:株式会社A

Bさん:A会社に勤務していた出向社員

C会社:A会社の親会社

D社長:A会社の社長

E部長:D社長の代行

①Bさんは平成22年8月、親会社C会社から子会社A会社に出向し、営業企画等の業務を行っていた。

②A会社では主に金型の表面にクロムメッキをする事業を営む会社であり、平成22年当時、Bさんを含めて7名の従業員が在籍していた。

③A会社のD社長は本店所在地の名古屋市にいることが多いため、A会社の生産部長であるE部長が社長業務を代行していた。

④A会社は、平成22年8月に工場の操業を開始して以来、親会社C会社の中国における子会社から中国人研修生を受け入れて2ヶ月間の研修を行っていた。

⑤E部長の発案により、中国人研修生と従業員の親睦を図る為、歓送迎会を行っており、その費用はA会社の福利厚生費から支払われている。

⑥E部長は平成22年12月6日、研修生3名の帰国と2名の来日に伴い、翌日に研修生の歓送迎会を企画し、Bさん以外の従業員からは参加の回答を得た。

⑧E部長は翌日の12月7日にBさんへ歓送迎会への参加を打診するも、Bさんは「12月8日提出期限で、D社長に提出すべき資料を作成するので参加できない」と述べるが、E部長は「今日が最後だから、顔を出せるなら、出してくれないか」と述べ、資料が完成していなければ、歓送迎会終了後にBさんの資料作成を手伝うと伝えた。

⑨同日午後6時30分から歓送迎会開始。E部長は研修生らを住居するアパートから歓送迎会会場まで社用車で送っており、終了後においてもE部長が当該自動車で送る予定であった。

⑩Bさんは資料作成を一時中断し、作業着のまま社用車を運転して歓送迎会会場の飲食店に向かい、終了予定時刻の30分前の午後8時頃に到着した。

⑪A会社の総務課長に、歓送迎会の終了後に会社に戻って仕事をする旨を伝え、隣に座った研修生からビールを勧められたが断り、アルコール飲料は飲まなかった。

⑫歓送迎会は午後9時過ぎに終了し、飲食代金はA会社の福利厚生費から支払われた。

⑬Bさんは、研修生らを居住のアパートまで送った上で会社に戻る為、酩酊状態の研修生らを同乗させて社用車を運転し、アパートへ向かう途中、対向車線を進行中の大型貨物自動車と衝突する交通事故に遭い、午後9時50分頃、頭部外傷により死亡した。

※最高裁判例労働事件裁判例 平成26(行ヒ)494  遺族補償給付等不支給処分取消請求事件
平成28年7月8日  最高裁判所第二小法廷  判決  破棄自判  東京高等裁判所 より抜粋

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/000/086000_hanrei.pdf

判決について

 事実経過を元に、最高裁が下した判断では、E部長から歓送迎会の参加を打診された際にBさんはD社長への提出資料の期限が翌日に迫っていると断ったにもかかわらず、E部長から「今日が最後だから」などとして、歓送迎会に参加して欲しい旨の強い意向を示される一方で、資料の提出期限を延長するなどの措置は執られず、むしろ歓送迎会の終了後には資料の作成業務にE部長も加わる旨を伝えられたという経緯をみると、BさんはE部長の意向等により歓送迎会に参加しないわけにはいかない状況に置かれ、その結果、歓送迎会の終了後に資料の作成業務を再開する為に会社に戻ることを余儀なくされたというべきであり、A会社からみると、Bさんに対し、職務上、上記の一連の行動をとることを要請していたものということができる。

 そして、E部長の意向により当時の従業員7名及び研修生らの全員が参加し、その費用がA会社の経費から支払われ、特に研修生らについては、居住のアパート及び歓送迎会が開催された会場の飲食店間の送迎がA会社の所有にかかわる自動車によって行われていた。そうすると、今回の歓送迎会は、A会社において企画された行事の一環であると評価することができ、事業活動に密接に関連して行われたものというべきである。

 また、もともと研修生らを居住のアパートまで送ることは、歓送迎会の開催にあたり、E部長により行われることが予定されていたものであり、BさんがE部長に代わってこれを行ったことは、A会社から要請されていた一連の行動の範囲内のものであったということができる。

 以上の諸事情を総合すれば、Bさんは事故の際、A会社の支配下にあったというべきであり、Bさんの死亡と上記の運転行為との間に相当因果関係の存在を肯定することができることも明らかである。これによって本件事故によるBさんの死亡は、業務上の事由による災害に当たるというべきである。と、判断されました。

 

労災保険について

 解説しました事故については、1審・2審で労務災害とは認定されませんでしたが、遺族の努力により最高裁で労務災害と認定されました。労務災害と認定された場合の国の制度である労災保険の給付を受けることができます。この労災保険とはどの様な仕組みかを少し解説したいと思います。

【引受】

 政府(厚生労働省)

 (「政府労災保険」という表現をすることがあるのはこのためです)

【保険の目的】

 労働者災害補償保険法第1条に「業務上の事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、障害又は死亡等に対して迅速かつ公正な保護をするため、必要な保険給付を行うほか、被災労働者の社会復帰の促進、被災労働者及びその遺族の援護、適正な安全及び衛生の確保等を図り、もって、労働者の福祉の増進に寄与すること」と目的が規定されています。

【加入について】

 原則として1人でも労働者を使用する事業は、業種の規模の如何を問わず、すべて適用事業場となり、加入義務が発生します。

 未加入事業場で労災事故が発生した場合、労働者は労働基準監督署に申告すれば労働基準監督署が事業場に加入手続きをとらせることにより労災保険給付を受けることが出来ます。その際、未加入だった事業場はペナルティを受けることになります。未加入の事業者の方は必ず加入しましょう。

(厚生労働省の案内チラシ)

http://www.mhlw.go.jp/houdou/2005/09/dl/h0920-1a1.pdf

 労災保険と雇用保険は「労働保険」と言うセット売りになっていて、どちらか片方を選んで入ると言う事ができません。条件に当てはまる限りは、両方同時に加入する事となります。加入の際は労働基準監督署に電話をするか、社会保険労務士さんに相談をするのがいいでしょう。

(大阪の労働基準監督署)

http://osaka-roudoukyoku.jsite.mhlw.go.jp/hourei_seido_tetsuzuki/roudoukijun_keiyaku/list.html

【対象者】

 「職業の種類を問わず、事業に使用される者で、賃金を支払われる者」となっており、正社員・パート・アルバイトなどの雇用形態は関係ありません。また、一定以上の継続雇用の制限などはありませんので、雇入れ当日の災害でも保険給付を受けることができます。派遣社員の方が派遣先で起こった労務災害は派遣元の事業者、出向労働者の方は出向先事業場の労働者として適用されます。

 労災保険は労働者の為の保険でありますので、事業主は対象者ではありません。しかし、一定条件の方は「特別加入制度」を利用し任意加入することができます。

 また、公務員は(原則として)労災保険法が適用されませんので、仕事中又は通勤中に被災した場合でも「労災」とは言いません。公務員には地方公務員災害補償法などの別の法律が適用され、その業務災害や通勤災害は、「公務災害」と言います。

【給付金の種類】

・療養(補償)給付

・休業(補償)給付

・障害(補償)給付

・遺族(補償)給付

・葬祭料(葬祭給付)

・傷病(補償)年金・

・介護(補償)給付

(厚生労働省資料:請求(申請)のできる保険給付等)

http://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/091124-1.html

 主に上記7種類とそれに付随する給付金があります。詳しくは上記の厚生労働省のホームページを参照ください。

 

労務災害と認定されるには

 労災保険においては、業務災害及び通勤災害を保護の対象としています。

 業務災害とは、労働関係から生じた災害、すなわち労働者が労働契約に基づいて使用者の支配下において労働を提供する過程で、業務に起因して発生した災害をいいます。どういう事実があれば業務遂行性があるといえるかについては、次のような三つの類型に分けられます。

(1)事業主の支配・管理下で業務に従事している場合

 労働者が、予め定められた担当の仕事をしている場合、事業主からの特命業務に従事している場合、担当業務を行う上で必要な行為、作業中の用便、飲水等の生理的行為を行っている場合、その他労働関係の本旨に照らして合理的と認められる行為を行っている場合などです。

(2)事業主の支配・管理下にあるが、業務に従事していない場合

 休憩時間に事業場構内でキャッチボールをしている場合、社員食堂で食事をしている場合、休憩室で休んでいる場合、事業主が通勤専用に提供した交通機関を利用している場合などです。

(3)事業主の支配下にあるが、管理下を離れて業務に従事している場合

 出張や社用での外出、運送、配達、営業などのため事業場の外で仕事をする場合、事業場外の就業場所への往復、食事、用便など事業場外での業務に付随する行為を行う場合などです。

 反対に、業務上と認め難い特別の事情としては、次のような場合が考えられます。

ア.被災労働者が就業中に私用(私的行為)を行い、又は いたずら(恣意的行為)をしていて、その私的行為又は恣意的行為が原因となって災害が発生した場合。

イ.被災労働者が故意に災害を発生させた場合。

ウ.被災労働者が個人的なうらみなどにより、第三者から暴行を受けて被災した場合。

エ.地震、台風、火災など天災地変によって被災した場合(この場合、事業場の立地条件などにより、天災地変に際して災害を被り易い業務上の事情があるときは、業務起因性が認められます。)

※労働災害情報センターより抜粋

http://www.rousai-ric.or.jp/tabid/105/Default.aspx

 業務災害については、イメージが容易かと思います。次に通勤災害についてです。「通勤」とは、労働者が就業に関し以下に掲げる移動を合理的な経路及び方法により、往復することをいい、業務の性質を有するものを除きます。

 ①住居と就業場所との往復
②厚生労働省令で定める就業の場所から他の就業の場所への移動
③上記①に掲げる往復に先行し、又は後続する住居間の移動

 上記①~③のことを「通勤」と呼んでいます。②は複数仕事をしている人、③は単身赴任者で持ち家のある人等に関係します。

 通勤時の「合理的な経路及び方法」とは、社会通念上一般に通行するであろう経路、是認されるであろう手段をいいます。要するに寄り道をせず、最短距離で往復するということです。

 なお、通勤経路の途中で合理的な経路を「逸脱」した場合や、通勤とは関係のない行為を行った(「中断」)場合は、ささいな行為を行うにすぎない場合(トイレ、休憩、ごく短時間の飲食等)を除き、その時点で通勤とは認められなくなります(「逸脱・中断」から合理的経路・手段に戻ったとしても認められない)。

 ただし、逸脱・中断が日常生活上必要な行為で厚生労働省令に定められているものである場合、またはやむをえない事由により行うための最小限度のものである場合は、逸脱・中断の「後」について通勤災害として認められています。逸脱・中断の「間」における事故は、いかなる場合でも通勤災害にはなりません。「日常生活上必要な行為で厚生労働省令に定められているもの」とは、以下のとおりです。

①日用品の購入その他これに準ずる行為

②職業訓練、学校教育法第1条に規定する学校において行われる教育その他これらに準ずる教育訓練であって職業能力の開発向上に資するものを受ける行為

③選挙権の行使その他これに準ずる行為

④病院又は診療所において診察又は治療を受けることその他これに準ずる行為

⑤要介護状態にある配偶者、子、父母、配偶者の父母並びに同居し、かつ、扶養している孫、祖父母及び兄弟姉妹の介護(継続的に又は反復して行われるものに限る。)

 これについては様々なケースが想定され判断が難しいですが、社会保険労務士さんのホームページに分かりやすいケーススタディが掲載されていましたのでリンクをご紹介します。

http://www.sharosi.jp/rosai_tukin.html

 紹介させて頂きましたリンクのケーススタディ②に、「会社の飲み会があった後の事故」については基本的に通勤災害にはあたらないというのが一般的でした。ゆえに、冒頭ご紹介しました判例では、1審・2審では労災に当たらないという判決になっていたのだと思います。しかしながら、最高裁では事実経過を丁寧に追っていき、歓送迎会後の車の運転が会社の支配下で行われた業務の一環とみなされ、業務災害に当たるとの判決がされています。

 

労災保険と労災上乗せ保険の違いについて

 労災保険の保険給付は、療養(補償)給付、休業(補償)給付、障害(補償)給付、遺族(補償)給付、葬祭料(葬祭給付)、傷病(補償)年金、介護(補償)給付に限られますので、被災者の被った損害をすべて補償しているという訳ではありません。

 たとえば、労災保険は事故後の休業3 日間については、保険金を支給していません。また休業補償も平均賃金の8 割(休業補償給付6 割+特別支給金2 割)という形で支給され、全額補償ではありません。また、事故に伴う精神的苦痛に対する慰謝料(入通院慰謝料、後遺障害慰謝料、死亡慰謝料)についても、労災保険では保険金を支給していませんので、その補償を求めて損害賠償請求訴訟がなされることもあります。

 この場合には、労働災害が事業者の故意・過失があって発生したこと(不法行為責任、労働安全衛生法違反等に該当する場合等)または、安全配慮義務違反があって発生したことであれば、損害賠償責任が生じ、民事裁判によって支払いを命じられることになります。

 例えば冒頭の判例結果では労災認定がされましたので、労災保険から遺族(補償)給付がなされたとしても、遺族が精神的苦痛を訴え損害賠償請求し認定された場合は労災保険では対応できませんので、A会社は自社の資金で賠償金を支払わなくてはなりません。

 こういった事態に備えるために、民間の損害保険では政府労災保険の上乗せとして「業務災害保険」という保険が存在します。

 労災事故で死亡した従業員の遺族からの賠償にそなえることはもちろんのこと、労災保険では事業主や役員は補償対象外となってしまいますが業務災害保険では対象とすることができることや、労務問題に強い弁護士を紹介できるなど、様々なオプションがあります。

 建設業などの業務中の危険度が高い業種の方に引き合いを頂くことが多いですが、最近では業務上のストレスで“うつ”になる労働者が増えているニュースも多いこともあり、政府労災保険では対応できない経営上のリスクヘッジとして様々な業種で必要となる保険の一つであると思います。弊社でも取扱を行っておりますので、ご加入されていない事業主の方はご検討されてみてはいかがでしょうか。

 最も経済的で効果的なリスクヘッジは事業主・労働者ともに安全でストレスの少ない労働環境作りを心がけることだと思います。それが出来ていれば冒頭の交通事故も起きなかったかもしれません。様々なビジネスパーソンが締め切りのある仕事を抱えていますが、今回の判例では、労働者に負荷がかかりすぎることのないよう管理していくことが経営者に求められていることを社会に投げかけたのではないでしょうか。